平成18年11月6日。
 
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雑誌をめくるといるし、テレビでCMの時間になってもいる。
どんな国のホテルも大好きなのですが、今後14階だけは泊まりたくないと思っているかえるです。
まだ根に持ってます。

小さい時。
それこそ、大人が全ての権力を握り、自由を謳歌し、出来ないことは何も無いのだと、
何の不思議もなく思い込んでいた頃。

大人というのは、小さいかえる達には出来もしない無理難題であっても、
なんとか策を弄してクリアし、楽しそうに生活しているかのように見えていました。
かえる達がさっぱり分からない問題を解き、夢憧れの物を躊躇せずに手に入れられるというのは、
いかほどに良いものなのだろうか?
そう、日々思っていたことがありました。

大人ってすごいと思い込んでいた時からずいぶんと成長し、
当時理解の範疇外の宿題を山のようにもらい、一人で入れなかったお店にもふらりと入り、
店員さんと世間話をするようになった今のかえる。

間違いなく大人の仮面をひっかぶったかえるを、当時のおたまじゃくしの思考でみると、
ずいぶんと出来なかったことが出来る様になってしまったなぁと思うようになりました。

一人で病院までどんぶらこと行き、我慢して痛い注射を自主的に受ける。
同じく一人で予約を取り、歯医者さんの診察台に怯えもせずにのそのそと上がる。
うっかり騙されたとはいえ、30メートルほどミッキーの陰謀により落ちる。

どれも、小さな頃は涙目で嫌がるどころか全力疾走で逃亡し、
看護師さんから学校の先生、両親が全力でかえるの捕獲に精を出しては怒られるという、
日々嫌なことトップに入っていることばかりです。

当時あれだけ嫌だったのにも関わらず、嫌だなぁと思いつつも出来るようになったのは、
一体どんな過程を通ったのだろうか? と考え込んでしまったのです。

最初出来なかったことが出来るようになる。

これは、技術の習得かつ教えてもらったことと腕と思考の仕方がリンクするようになっただけなので、
何度も練習していれば、そのうちなんとかなったりします。

けれども、あれだけ嫌だった出来事が平気になってくるというのは、技術の向上等ではありません。
あえて言うなら、思考の変化か物事への捉え方になりそうです。

そんなこんなでにょろにょろと悩みこみつつも、しょんぼりと注射を打たればげんなりし、
日々苦い薬を飲んでは味覚に絶望していたりしていたのですが、
ふと、オタマジャクシの頃にはこんな「全力疾走で逃亡したいほど嫌な出来事」が月に何度も
お目見えしていないことに気が付きました。

小さい頃の注射といっても、予防接種ぐらいなので1年に1度、せいぜいが2年に1度ですし、
歯医者で酷い目にあうとしても、数年に一度何回か短期集中の被害ぐらいです。

年に数回の被害が、月に何度もの勢いで予定表に書かれていく恐怖。
そればかりか、うっかり気を抜きすぎて生活すると宿題でテレビが見られないどころか、
睡眠不足や帰宅出来ない病にかかったりする大恐怖。

小さい頃には思いも寄らなかったことや、信じられないほど贅沢なことが出来る代わりに、
理解が出来ないほどの被害が降って来るという現実。

大人が子供よりも嫌なことが平気なのは、沢山嫌なことに直面し続けたからかも知れないと思うと、
人生ちょっと嫌だけとなんとなく納得したりする今日この頃。

もしも小さい頃の自分に会えたなら、想像なんぞ出来なかったような、酷い現実をうっかりと語り、
嫌な顔をされてしまいそうです。

…贅沢を覚えられるよりはよさそうです。
      
 
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