平成19年1月21日。
 
Picture
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無駄が無いものは美しいが、無駄なものはえてしてかわいい。
けれども、どちらにも共通するのは、「作る人は凄い」なる尊敬の念だけです。
いいなぁ。

精密な描写かつ無限のデザインなら、エッシャー。
精密な描写そのままに、生活に密着するならラリック。

瑣末な違いにもかかわらず、出来上がりは見事なまで違う両者なのですが、
どちらにせよ大好きでたまらないのは変わらないので、「エッシャー展」に引き続き、
目黒庭園美術館までラリックのデザイン画を見に、のこのこと出かけてきました。

精緻の限りを尽くして描かれたアールデコジュエリーのデザイン画。

微妙な細工は省略してあるのに、ニュアンスを汲み取ってデザイン画そっくりに
出来上がっている現物との対比展示に、職人さんの仕事っぷりに感心していたのですが、
ふと気づいてみれば、この旧・朝香宮邸の室内の作りこみは尋常ではありませんでした。

部屋の一つ一つの天井、通気口が部屋の主のイメージに合わせて作りこまれていました。
見渡せば、そればかりではなく、壁紙やカーテンの裾に至るまで丁寧かつ細部にまで
気を配られた部屋ばかりでした。

男性の部屋なら、換気口の飾りは丁寧な続き細工で。
女性の部屋であるなら、壁紙の柄に合わせてくるくるとつたを巻いた花の細工を。

細工の細かさや気の使い方は、細部に至るまで凝りに凝っているのに、さりげなく、
家本来の作りも、資材の無駄使いもしない代わりにケチりもしないという、
本当に適切な厚み。

その上、自室の隣には執務室、その隣には資料室を配置、向かって左側が仕事空間
右側がプライベートと動線もしっかりと考えられている部屋回り。
それぞれの部屋にさりげなく飾られている小物も、「むしろ展示して!」と
言いたくなるラリックの花瓶であったりテーブルランプであったりと、魅力的でたまりません。

もう、可愛いやら、凝っているやら、いるだけで気持ちよくてたまらないやら、
数時間の滞在であっても、どの空間でも圧力を感じさせない、すばらしい邸宅でした。

無駄をしない代わりに、贅の限りも尽くさない。
生活の真髄みたいな言葉を、文字通り形にしたものはこう言うものなのかと、
うっとりしながら退室しようと思ったのですが、更に魅力的だったのが、旧・朝香宮邸の門までの私道。

昔の家を丸ごと保存のため、家の前まで馬車でも大きな車での乗り付けられる道も保存対象です。
さすがにアスファルトにはしたのでしょうが、こんなに大きな道なら端は人も車も使いません。

そんな道の端っこに、庭園の木々の根性によりほわほわの苔がむしておりました。

日が沈み、足元用の明かりがほわほわとつけられはじめる時間帯。
その明かりに照らされて、ほわほわと照らされている苔と、功労者の木々の影。
向こう側には、完全に影となった車の通りと街路灯の明かりたち。


こう、贅沢というのはただお金をかけちらかせばよいというものではなく、
淡々と同じものに手間隙をかけられる根性そのものを指すのではないか。


そんな、時間を積み重ねるだけ積み重ねた贅沢な一瞬を、
うっとりと見物できる旧・朝香宮邸見物でございました。

突き詰めると、自然の模倣になり始める贅沢な品々の展示。
うっとりとできるのではありますが、本当の贅沢のにはかないません。


また、見に行きたい(うっとり
      
 
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