平成26年3月2日。
3月1週。

リゾートに来ているかのようです。


朝、起き上がる時から始まる幸せ感。
1日が楽しみで楽しみで仕方無く、することなすこと楽しくてたまらない。
そんな確信めいた、幸せな1日を過ごせるようになってきました。

特段、毎日が変わったわけではありません。

外側から見れば、毎日同じような日々を過ごしておりますが、
何しろ今日の仕事が全部終わってしまえば、影牢プレイが待っているのです。

悩んだり、後回しにしている余裕なんてありません。
手直しする必要が無いように、無駄なく手抜きなくまんべんなく片付けなくてはなりません。

朝の2度寝やまったりネット徘徊も贅沢なものですが、
自分が決定・行動した事が、即座に結果となって見える物は、格別の中毒となって日常を侵略します。

快感を思い浮かべては、朝から掃除し、雑用を片付け、次の段取りを脳内で考えつつも、即座に帰宅。
ソファーに座りながら、ゲームの電源を入れる。


「ご褒美制度というのは、何事にも代えがたい人生前進システム」なのであると、
喜びにうち震えながら、毎日ちまちまとゲームを進めておりました。


しかし、こう毎日毎日やっていると、段々上達していきます。


何も出来なかった事が、少しづつ出来るようになっていく。
だんだんと、ぼんやり「今からやること」が分かるようになっていく。
そしてある瞬間、それまで何故出来なかったのか?が不思議に思えるほど、
何かがはっきりくっきりと、見えていく。


こうなってくると、もう中毒を通り越して異世界への扉です。


目を閉じれば、ゲームの画面が見え、
夢の中では、何度も新しい罠の組み合わせを考え、
日常生活すら、罠でとらえて暮らすようになります。


だただた毎日たんたんと暮らしているはずなのに、
脳内だけは、楽しい事だけして暮らしているリゾート状態。
楽しくてたまらないのですが、あまりに幸せに暮らしすぎていて、
だんだんと不安になってきました。



かえるだって若くはありません。
何度もゲームにはまりましたが、今までここまでの幸せは無かったからです。


前作の影牢2だって大変楽しいゲームでした。
トルネコの大冒険なんて、1000回遊べる!どころではないプレイ数でハマりました。
携帯のゲームにはまって、機種を変更出来ない事もありました。

今までのゲームも、大変幸せになれたのですが、それにも関わらず、
どうしてこんなにも心を奪われたまま、楽しく幸せに暮らせるのだろうか?

そんな事を考えながら、リゾートで暮らしはじめて十数日目、
本日ふと、正解の1つを発見しました。


・ある程度の制約の下のゲームである。


今までのゲームへの執着とは違い、「当分遊びつくすぞ!」の意思の下、
日常生活TODOリストが終わるまでは手を出していません。

おかげで、日常生活をいかに上手に終わらせるか?すらもゲームの一環となり、
必死で頭を回します。

最適かつ最短のルートを探し、トライアンドエラーを繰り返し、結果を出した上で、
ようやく押す事が出来るゲームの電源ボタンの、あの神々しさ。
たまりません。

子どもの頃には、大人の手により強制的に日常を先にクリアさせられましたが、
大人の今は、全てが自分が日常かつゲームの支配者です。


確かに、やらなくてはならない事も増えましたが、
その分、自主的に満足を先に延ばし、満足度を高める事も可能となったのです。


自分が一体何をもって満足するのか。
満足を持続させるのは何なのか。


今、自分の毎日や、出来ごとの中で、どれが好きで楽しくて必要なのか。
考えながらも行動に移せるならば、ずっと楽しい毎日になれるのではないか。



身をもって学習中の毎日です。



うっひょーい。
      
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