平成26年7月27日。
7月4週。

辛い時期がやってきました。

理解しているのか、それとも、わかったつもりなのか。
4月から始まった授業も、振り返れば終盤。
大変残念ですが、テストの時期になりました。

テストを受ける身としては、大変な時期なんです。
ちょっとづつ〆切が違うレポートを、どうにか書き散らしては提出し、
その間で、テストを受ける準備をしなくてはならないんです。

もっとテストを簡単にしてほしい!
せめて、資料の持ち込みを可能にしてほしい!
いやいや、せめてA3の用紙3枚まで!事前にまとめるから!

テストへの欲求不満を挙げれば、もう、きりがありません。

世の中が言うように、テストは、どこまで出来たのか?出来ていないのか?を
客観的に判断する、良い一面も確かにあります。
それなら、今回出来なかった事は、夏休みの間に復習すればいいはずです。

「昨日より今日」なんです。
社会に出る前に覚えておけば良いんです!
先生お願い!せめて再試験!



しかし、こちら側にも現実がありました。



免許制度のように、「テスト内容」が決まっていればテストは気楽な事柄です。
事前に決まったテスト用紙を配布しては回収し、答え合わせさえすればよいのです。

しかし、テスト用紙を自前で用意する必要がある場合、その限りではありません。
授業内容の理解度や、現実での応用可能具合。
そう言った事が分かるように、事前にテスト内容を作っておく必要があるのです。

テストも、一つ二つの科目やクラスであるならば、こちらもプロです、
受講者の顔や、それまでの課題提出などを加味しつつ、

「このぐらいなら皆分かるかもしれない。」
「この時、皆暑さでぐったりしてた…。」

と、想像しながら出題内容を微調節する事も可能です。

しかし、これが片手を越え、両手を越え、他の人の手も借りる数を過ぎていきますと、
想像力の限界を超えてしまいます。

「一日の2割だけで仕事します」とか言っている、悠長な時期は過ぎたのです。
作業です。
膨大な作業を、テスト開始日まで延々と続ける事となるのです。

朝も、昼も、夜も、ただひたすらずーっと作る。

果たして、自分はテストを作っているのか、テストに追い詰められているのか?
良く分からなくなってくる時もよくあります。
ゲシュタルト崩壊です。



しかし、これでも上等の部類です。
目の前の仕事さえ片付けていれば、そのうち誰かが「これでいこう!」と、
決定を下してきます。

もっと辛いのは、その最終決定をする上司達です。

数々の案を検討し、妥当性、客観性、信頼性を審査し、最終的に判子を押す。

一度判子を押してしまえば、物事はどんどんとそっちの方に流れていきます。
押したら最後、戻る事は出来ません。
必要ないものは処分され、必要な物だけがどんどんと積み上げられ、
そうして、決まって行ってしまうのです。

うっかり流れだけで行かないように。
一人だけ突き出て強調性を欠かないように。
判子を押すためには、目の前の情報だけを処理するのではなく、
その行間に流れている、様々な謀略、策略、下準備すらも読みとる必要があるのです。

大変なんです!
ぱっと見、そう見えないのは、高等技術のたまものなのです!


釈然としない場合でも、そう言うことにしてください。


テスト開始のその時まで。
受ける人も、受けてもらう側も。
ぎりぎりの戦いがそこにある気がする、今この瞬間です。



これさえ終われば、もう夏です。



ばたり!
      
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