平成19年3月9日。
 
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人生には、分かれ道や抜け穴、落とし穴、別の面だってある。
というのは、人様の話を聞いているとしみじみ感じる事なのですが、
実の親からかかってくる電話は、別の意味でそれ以上の衝撃しか与えないと
しみじみどころではなく感じているかえるです。
これ、なんて罰ゲーム?

親からのメール、着信音を「運命」にしてあると伝えると、
伝えた方全員から「?」という顔をされるのはいつものこと。

そんなわけで、いつものように寝入りばなに運命にてたたき起こされた挙句、
きかれたのが「着物いる?」なる素敵な一言でした。

お茶のお稽古にちまちまと通い続けているのですが、どうも着物は敷居が高く、
二の足を踏み続けているときの素敵提案ですが、なんせ提案者は実の親。

世の中の平均体型よりも大分小さいかえるの着物など、そう簡単に見つからないのに
一体どこから入手したのだろうか? と伝えてみたところ、答えは簡単でした。


最近、くりを掃除したら出てきた。
しかも、仕付け糸も切ってない奴。


かえるも小さければ、祖母も大分小さい人です。
その人に合わせて作られた着物、果たしてかえるが着られるか? と疑問を抱きつつも、
ありがたい提案でしたので、喜んで送っていただくことに。

送られているのを待つ間、一体どんな着物なのだろうか? 襦袢とか作った方がいいのか?
などと、楽しい妄想を繰り広げつつ幸せに浸っていたのですが、
ふと気になったのが「一体誰がそれを作ったのか?」という疑問。


人生大概唐突ですが、かえるの祖父は間違いなくお金の使い方が下手な人です。


儲かるといわれては、伝説の小豆相場で全財産をうっかり使い果たし、
絶対返すといわれては、うっかり現金を貸したまま行方をくらまされ、
良いものだといわれては、全力で粗悪品をつかまれる。

もし、そんな祖父が祖母のために作ったのであれば、確実に色々と覚悟が必要です。
ええ、笑い事ではありません。本気で凄いものが届く可能性があるんです。


幸せから恐怖へ、思考の大転落を行いつつも到着を待っていたところ、
案の定、かえるがすぐに着る事が出来ないほど落ち着いた着物の数々が待っておりました。
たまに若い人向けの柄が混じっていても、間違いなく大柄である母のもの。

着物たんすが無いにもかかわらず、計11枚もの着物の数々に途方にくれていたのですが、
ふと思いついたのは、年上の着物好きな方。

もしかしたら、この方のお眼鏡にかなう着物も一枚ぐらいはまじっているかもしれないし、
なにより、この着物の始末の付け方を教えてくれるかもしれない。

到着して、着物を確認したらすぐに電話、予約を取った瞬間に車に詰めるだけ積み込み、
黙ってお宅に伺うことしばし。

全部の着物を検分していただいたところ、かえるがすぐに着られるものはさっぱり無く、
これだったら、その方の若い頃に着ていた着物をたんす付きで贈るとの結論がでました。




着物、一枚も始末がつけられないどころか、増えてる。
着物たんすで容量、倍。


春から夏から、秋から冬まで。
一年中着物で居たとしても、さほど困らないほどの着物が集まったのにもかかわらず、
何故か一枚も無いのが襦袢でした。

着物ばっかりあったって、下着が無ければ着られません。
しかも、着物に関しては完全素人です、一体どこを計って発注すればよいかなんて、
これもさっぱり分かりません。


山のような着物の数々。
小山のような問題をやっつけなければ、さっぱり着られないという現実問題。

実家からの連絡は、つくづくかえるの運命を大小さまざまに変えるなぁと、
つくづく途方にくれている毎日です。


自分の運命ぐらい、自分で決めたい。
      
 
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