平成25年9月29日。
 
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9月5週。


「ネタバレ」、あります。


暇さえあれば何か読んでおりますが、読破出来ずに遭難、難破、座礁した本が、
かえる、過去にいくつもいくつもございます。

必読書だったり、大人と話し込む際に渡し船となる本だったりするので、
何度かトライしてみるのですが、なかなか読み込めずに何度も遭難しておりました。


端的に述べると、今回は夏目漱石著「三四郎」でございます。


もう、状況やら相手の表情やら、絣の色やら、空の青さやら、花の色やら、屋敷のあれこれやらを
大変丁寧書かれているお話なので、
その情景、登場人物の衣装やら住んでいる家の間取りやらは分かるのですが、
彼や彼女らが次に何をしたいのか、何考えているのか、どうなっているのかがさっぱりと判かりません。

あれです。
ご飯を食べに行き、お店の来歴や間取り、カーテンの質感、染め、はめガラスの質感、床の木張りのオイルの塗り方、
クロスの麻の具合まで説明してもらったのに、肝心のご飯だけもやがかかったようです。
見たい!知りたい!せめて感想!ちょっとだけでも!
このもじもじするのを延々と続けた挙句に、ほわっと終わってしまうのが「三四郎」なのです。


今回のトライも、「今回こそはまず読了!理解は後で!」との気持ちで挑んでいたのですが、
かえる、今回の登山にあたり、大変良い事を考えつきました。


設定を(脳内で)変えよう。


「三四郎」をネタバレしない程度に説明しますと、大学進学を期に上京してきた三四郎が田舎との違いにくらくらしながら
東京の人がドタバタしているのをぽかーんと見ているお話です。
嘘はついておりません、大体そんなお話です。


しかし、かえるは残念ながらそこまで昔の東京を生きていないので、舞台を今日の東京にしました。
当然ネットも使用可能です。



というわけで、脳内で書き変えた「三四郎」がこれです。

大学進学をきっかけに上京してきた三四郎が、「東京すげー!田舎と違うわー!」とスマートフォンとかも購入。
なんとか格好をつけて大学に通ってみれば、なんか皆垢ぬけてるし、勉強よくわかんないし、そのうちに
ラインかツイッターあたりで社会に喧嘩売ってる同級生と友達になり、その人脈にあっという間に巻き込まれ、
あれよあれよという間に大学や社会に幻滅してみたり、恋愛に巻き込まれかけたり、ぽかんとしている間にふられたりと、
近代の若者に密着ドキュメント!筋書きなんか全くなしに進みます!全2回。

みたいな話と相成りました。
嘘はついておりません、大体そんなお話なんです。


舞台をかえた瞬間、「三四郎」は大変面白いお話になりました。
筋書きは一つもかえていないのに、青年の途方に暮れゆく情景、何と言ってよいのかわからなかった気持ち等、
そんなものが生き生きとこちらへ訴えてくるような、そんな素敵な描写となりました。

やはり何事も、自分に置き換えて考えてみるものです。
これほど面白いものだったのか!なんとすごい!損していた!


それからは、苦手だった夏目漱石シリーズを延々と読みました。
水墨の絵だとばかり思っていたものが、色彩も鮮やかにふうわりと浮きあがっては目の前でいつまでも展開してゆく。
本当に素晴らしい瞬間でした。



「100年前だから、出てくる青年なんて今の青年とは違うだろう」とも最初は思っておりました。
大変良い教育をつけてもらいながら、学校を出ても全てのかかりは親や兄まかせ。
毎日ぷらぷらと本を読んでは、暇にまかせて散歩するだけの毎日。

「はやく仕事につけ」「はやく結婚するものだ」という説教には、
「人はパンの為に生きるのではない」「どうしてしなくてはいけない」と鼻で笑うわりには、
友達の働く姿や結婚相手に思うものがあって、文章には出てくる事さえない微妙な気持ちを抱えていたりする。

社会の全てを小馬鹿にすると同時に、社会の全てに恐怖し、そして様々な事情によりそっと社会に適合していく。
人間の社会文明活動と人間の心理発達に著しい変化が無い限り、そう簡単には変わらない切ない一つの現実が、
小さく小さくあちこちにまとめられているような、そんなお話ではないか。

長く読まれるというのは、やはり色々なメッセージ性が含まれているのだなぁと、
舞台を2010年ぐらいに変えて読んでみた感想でございました。



下山!
      
 
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